「AIが仕事を奪いに来る」ってよく言いますよね。
むしろ家事を先に奪い取ってくれよ!
AI何してんだよ!と思わずにはいられないのですが、
実際、AIにとって変わられる仕事は少なからずあるでしょう。
でも、仕事そのものが減る、とは考えにくいです。
だってこんなに家電が発達してるのに我々の生活は
ラクになってないし。忙しくすらなってるわけですから。
とはいえ、「AIに取って変わられないスキルとは何か」とか
「子どもたちが未来で稼げる仕事は何なのか」とかそういう
トピックスはいまだに大人気なわけで、やはり不安はあるようです。
そこで、本日は私が考える、「絶対にAIに取って変わられない仕事」を
ご紹介します。
それはズバリ、「人にやってもらいたい仕事」です。
考えても見てください。
もう何十年も前に寿司ロボットは完成してるんです。
だけど、寿司職人が廃業に追い込まれたって話聞かないですよね。
駅前の手作りおにぎりのお店もずっと繁盛してます。
「できるか、できないか」だけで言うと、人が握るくらい美味しく握れるロボットは
もう完成してるかもしれません。
でも、やっぱり人が握った寿司が食べたい。こう思う人が少なくないはずです。
今、年賀状ってピークの半分くらいまで落ち込んでるんです。
「やっぱメールとかあるし、要らないよね、そうなるよね」
って思うかもしれません。むしろ逆なんです。
「新年の挨拶を済ます」っていう目的を達成するだけなら
iモードが誕生した瞬間に、年賀状の消費はゼロになってるはずです。
それでも半分まで持ちこたえてるのは「やっぱり人から年賀状もらいたい」っていう
人が多いからです。
もっというと、陸上はどうですか。100メートルが10秒だ9秒だと言ってますけど、
車ならすでに時速100キロ200キロでるじゃないですか。
いや、それは話が違う。というツッコミをいただきそうです。
スミマセン。でも。
「できるかできないか」じゃない。「“人がやっている”ということに価値を見出すか否か」
この視点は持っておいて損はないと思います。
例えば弁護士。これもAIに取って変わられる職業として挙げられます。確かに過去の判例を全部インプットできれば人間より精度の高い判決がでるかもしれません。できるかできないか、で言えばできそうですよね。そうだとして、ロボットに「シケイ」って言われて納得できるか。ロボットが人の人生を決定して良いのか。そこが、ポイントになります。
お医者さんもそうですね。将来的には人間が全く要らない可能性はあります。でも、私なんかは今のところ人間に診てもらいたいと思っています。(ロボット診断ネイティブ世代が生まれたら、また違う価値観かもしれません。)
なんでこんな話をしたかというと、最近英語の勉強をはじめたからです。私も以前は
「グーグル翻訳の精度があがれば英語のスキルは要らない。英語の勉強なんて無駄」って思ってました。じゃあなぜ勉強をはじめたのか。実際グーグル翻訳の改善を待つより勉強したほうが早そうってこともあるんですが、主たる理由は「自分でわかりたいから」でした。「意味が理解できるかできないか」で言えば、映画だったら日本語翻訳か字幕を見ればいい。でも、もし英語ができたら、英語で見る感動は日本語で理解したものとはきっと別なものになりますよね。「できるかできないか」だけじゃない。このAI時代に「できるかできないか」はそこまで重要じゃない。大事なのは「心が動くかどうか」。「今さら英語?」っていう声をはねのけて、新しい自分をみつけたいと思います。